幸せのハードルを低くすると幸せになれるという話_5月26日(木)分

昨日の結果です。

またも何もなし。
エントリーしたいものがいくつかあるのですが
やっぱりまだ条件じゃなかったみたいで。
今週は見立てそのものが間違ってたかなぁ。
週足レベルでの調整なのかもしれません。

そして今日で一週間も終わりです。
外は朝から大雨。
うちの人は今日は在勤です。
出社だったら今頃はもう
傘があっても大変だったと思います。
やっぱりこの人運がいいんだなぁ。

以前、うちの人の家系はくじ運がいい、
という話を書きました。

週末金曜日の結果です。 特に何もなし。ホールド分は大きく含み損のまま今週のタイムアウトを迎えました。もしかしたら週足レベルで...

その中で
くじ運のいい人は自己肯定感がきちんとしてる。
と書きました。
それはあくまで私の個人的な考えですが
そもそも、その個人的な考えを突き詰めると
「この人は運がいい」という考えそのものが
私の個人的な考えなわけで、
言い換えると、
私が私の思考で相手をそう見ている
ということになります。

ということは、
本人たちからしたら、もしかしたら
全くそんなことは考えてないかもしれないわけで。
極端な話、いろんな運のいいことが毎日起こりすぎているから
ひとつひとつの運の良さは、彼らの中では
日常なのかもしれない。

では、何をもって運がいいというのか。
私の思考だと
「くじ運がいい」とか「雨に降られなかった」とか
いわゆる「ラッキー」で片付くことに対しての
運の良さだと思ってるのですが、
彼らに関しては、ラッキーのハードルがとてつもなく低い。
例えば
「朝きちんと起きれた、よかった」とか
「今日もごはんがおいしい、嬉しいな」とか
日常生活の当たり前のことに対しても幸せを感じ
それに対してきちんと感謝する。

だから常に幸せやラッキーが
身の回りにあふれているんだなと。
その幸せや感謝が
自己肯定感に繋がっているんだなと。

まぁそれも私の思考で見ているという話なのですが。
それでも、そういう人になれればなと。
これも思考の現実化のひとつです。





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